恩行寺(読み)おんぎようじ

日本歴史地名大系 「恩行寺」の解説

恩行寺
おんぎようじ

[現在地名]与板町与板 稲荷町

市街地の北にある。真宗大谷派、月岡山と号し、本尊阿弥陀如来。開創は永禄二年(一五五九)、開基祐照。信濃国小坂こさか郷に寺基を定めたが、本与板もとよいた城将直江景綱の招請により与板に移り、現在の徳昌とくしよう寺坂下東側の蔵小路くらこうじに寺基を定めたと伝える。寛永一一年(一六三四)長岡藩から与板一万石が分封されるにおよび、境内地が蔵屋敷に召上げられ、かん町東裏の細長い地形の代替地を下付されるが、伽藍建立が困難なため度々代替地の変更を請願している。本尊木仏は延宝五年(一六七七)に恩行寺漸照に御免されたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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