恵下山・山手遺跡群(読み)えげやま・やまていせきぐん

日本歴史地名大系 「恵下山・山手遺跡群」の解説

恵下山・山手遺跡群
えげやま・やまていせきぐん

[現在地名]安佐北区高陽町真亀・高陽町金平

太田おおた川と三篠みささ川の合流点の東岸は小丘陵が川岸まで迫っている部分が多い。恵下山遺跡群の所在地もその一つで、標高約六〇メートルの丘陵鞍部から、弥生時代末から古墳時代初めにかけての円形住居跡五戸と土壙ならびに古墳時代後期の横穴式石室墳が発見された。住居跡は直径五―六メートルの円形の平面形をなすものが多い。

山手遺跡群は恵下山遺跡の南側にある標高五〇メートルの丘陵先端部にあり、弥生時代末から古墳時代初めにかけての住居跡六戸と、古墳時代の土壙墓二基がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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