惣慶村(読み)すーきむら

日本歴史地名大系 「惣慶村」の解説

惣慶村
すーきむら

[現在地名]宜野座村惣慶そけい

宜野座ぎぬざ村の南西に位置する。集落は山間部から続く大きな尾根の先端丘陵地帯に立地し、集落の近くに河川がないため河口に開けた港をもたない。そのため前之浜めーぬはまと称される沖合に本船を停泊させて、伝馬船で荷物の積卸しを行っていたという。絵図郷村帳に金武ちん間切「そうけ村」とみえる。琉球国高究帳でも同様に記され、高頭四九石余、うち田三四石余・畠一五石余。「琉球国由来記」に惣慶村と記され、当村のマチヨウガマノ嶽(神名アラハタヨリフサノ御イベ)と神アシアゲは漢那ノロが祭祀をつかさどっていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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