日本大百科全書(ニッポニカ) 「愛慾」の意味・わかりやすい解説
愛慾
あいよく
武者小路実篤(むしゃのこうじさねあつ)の戯曲。4幕。1926年(大正15)1月『改造』に発表、同年3月改造社刊。同年7月築地小劇場で、友田恭助、山本安英らにより初演。「せむし」に生まれついた天才的な画家野中英次と、恵まれた容貌(ようぼう)と肉体の持ち主である妻千代子、優れた俳優で英次の兄の信一、この三者が4幕の劇的状況を織りなしていく。舞台は、短い2幕以外、すべて英次の画室に限られ、その制約が1、3、4幕の各場面のかもす緩急のリズムをより鮮烈にする効果をもつ。理性的な「愛情」と本能的な「愛欲」との葛藤(かっとう)が、夫婦、兄弟、愛人(信一と千代子)それぞれの関係を通して描かれ、愛着と嫉妬(しっと)の果てに激情に駆られた夫が妻を扼殺(やくさつ)するに至る。なお「愛慾後日譚(ごじつたん)」に『或(あ)る画室の主』がある。
[遠藤 祐]
『『愛慾・その妹』(新潮文庫)』▽『大山功著『近代日本戯曲史 大正篇』(1969・近代日本戯曲史刊行会)』