慈性入道親王(読み)じしょうにゅうどうしんのう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「慈性入道親王」の解説

慈性入道親王 じしょうにゅうどうしんのう

1813-1868* 江戸時代後期,有栖川宮韶仁(ありすがわのみや-つなひと)親王の第2王子。
文化10年8月26日生まれ。天台宗大覚寺にはいり,文政5年光格天皇の養子となり,親王宣下(せんげ)ののち出家。東大寺別当,東叡山(とうえいざん)輪王寺門跡(もんぜき)をへて,文久2年(1862)天台座主(ざす)。一品(いっぽん),准三宮(じゅさんぐう)にのぼる。慶応3年12月7日死去。55歳。幼称は精宮。俗名明道。法号は大楽王院。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む