慶巌寺(読み)けいがんじ

日本歴史地名大系 「慶巌寺」の解説

慶巌寺
けいがんじ

[現在地名]諫早市城見町

本明ほんみよう川左岸の岩小屋いわごやにある。常楽山九品院と号し、浄土宗。本尊阿弥陀如来。文禄年間(一五九二―九六)筑前博多の西方さいほう(現福岡市博多区)の済蓮社九誉礫道が諫早を訪れて現諫早市西小路にしこうじ町に建立した常楽じようらく寺を前身にすると伝える。常楽寺の創建は、享徳年間(一四五二―五五)以前ともいう。慶長一〇年(一六〇五)肥前佐賀藩親類同格諫早家(龍造寺家)二代の直孝室となった慶巌院の発願で現在地に移転、慶巌寺と改め、諫早家の帰依寺となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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