成美館跡(読み)せいびかんあと

日本歴史地名大系 「成美館跡」の解説

成美館跡
せいびかんあと

[現在地名]大分市南鶴崎三丁目

肥後熊本藩の郷校。同藩が豊後に設立した三つの郷校のうち最大規模である。藩主細川重賢は旧御茶屋に稽古所を設けて子弟に教育を施していたが、斉茲の代になると脇蘭室に命じて鶴崎で学問を指導させた。また毛利空桑も鶴崎で子弟の教育に当たっていたが、世情を考えて文武館設立を藩に建議していた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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