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戸田忠寛 とだ ただとお

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

戸田忠寛 とだ-ただとお

1738-1801 江戸時代中期-後期の大名。
元文3年生まれ。戸田忠余(ただみ)の子。兄戸田忠盈(ただみつ)の養子。肥前島原藩(長崎県)藩主をへて,安永3年下野(しもつけ)宇都宮藩主戸田家第2次初代となる。奏者番,寺社奉行,大坂城代,京都所司代をつとめた。寛政13年1月30日死去。64歳。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典内の戸田忠寛の言及

【宇都宮藩】より

…下野国(栃木県)河内郡宇都宮に城郭を構えた譜代中藩。中世以来続いた宇都宮氏は1590年(天正18)豊臣秀吉から本領を安堵され,太閤検地も実施されたが,97年(慶長2)国綱は突然改易となり,翌年18万石の所領は蒲生秀行に引き継がれた。1600年徳川家康の外孫奥平家昌が10万石で入封し,以後東北地方への押え,日光東照宮の入口として徳川譜代の臣が藩主となった。1619‐22年(元和5‐8)の本多正純は15万5000石を領有し,宇都宮城の拡大,城下町の改造,日光への街道の整備を行うとともに,領内の検地を実施したが,突然改易となり,復帰した奥平氏も1668年(寛文8)忠昌の死後,寵臣杉浦右衛門兵衛の殉死,藩内対立などから山形へ移されるが,このころまでが藩体制確立期であった。…

【戸田氏】より

…近世大名。正親町三条(おおぎまちさんじよう)家の支流ともいわれ,中世三河国の大族,戸田宗光より出る。宗光嫡流の康長は徳川家康から松平姓を賜り,所々に封じられて最後は信濃国松本城主となる(7万石)。その子の康直は播磨国明石城主に,次の光重は美濃国加納城主に,孫の光熙(みつひろ)は山城国淀城主に転封され,次の光慈(みつちか)は志摩国鳥羽城主,ついで1725年(享保10)に松本城主に移されて,以後明治に至った(松本藩)。…

※「戸田忠寛」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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