日本歴史地名大系 「戸神村」の解説 戸神村とかみむら 群馬県:沼田市戸神村[現在地名]沼田市戸神町町田(まちだ)村の北、戸神山の南麓に位置し、北西は石墨(いしずみ)村、北東は下発知(しもほつち)村、東は岡谷(おかのや)村。古くは町田村と一村であったとされる。寛永二年(一六二五)真田信吉朱印状(鈴木文書)に戸神新田とみえ、藩主信吉は諸役を三年免除して新田開発を奨励し、馬市の市立ても許可している。寛文二年(一六六二)発知川より取水する岡谷用水から戸神用水を分岐。 戸神村とかみむら 千葉県:印西市戸神村[現在地名]印西市戸神・大塚(おおつか)船尾(ふなお)村の西に位置し、寛文期(一六六一―七三)と推定される国絵図では印旛(いんば)沼に通じる水路に臨む。「寛文朱印留」に佐倉藩領としてみえる小神村は当村のことか。元禄一三年(一七〇〇)頃の下総国各村級分では高二一〇石余で、旗本上杉領。その後佐倉藩領となり、寛延二年(一七四九)の佐倉藩領村高覚では高二八七石余・新田改出高四石余、夫役永八五五文余。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by