所司原村(読み)しよしはらむら

日本歴史地名大系 「所司原村」の解説

所司原村
しよしはらむら

[現在地名]志雄町所司原

見砂みしやご村の南、越中国境にある山村下石さがりいし村から尾根伝いに地内深谷ふかたにを経、うすヶ峰を越えて越中床鍋とこなべ(現富山県氷見市)に出るうす峰氷見みねひみ街道が通る。また地内漆原うるしばらを経て越中いわ(現氷見市)に出る所司原往来がその南側を通る。深谷には幕末に商人宿が二軒あった(志雄町史)。村名は源頼朝が守護地頭を置いたころの庄園現地管理者に関連すると伝え(羽咋郡誌)、集落中央部に地頭ずこうの小字名も残るが確証はない。正保郷帳によると高三〇七石余、田方一〇町・畑方一〇町四反余、免三ツ五歩七厘。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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