コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

所郁太郎 ところ いくたろう

2件 の用語解説(所郁太郎の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

所郁太郎 ところ-いくたろう

1838-1865 幕末の尊攘(そんじょう)運動家,蘭方医。
天保(てんぽう)9年2月16日生まれ。緒方洪庵(こうあん)にまなび,京都で開業。のち萩(はぎ)藩の京都藩邸医院総督となる。文久3年の八月十八日の政変後,長州にいき遊撃隊医長。高杉晋作の下関挙兵にしたがうが,元治(げんじ)2年3月12日陣中で病没。28歳。美濃(みの)(岐阜県)出身。本姓は矢橋。名は直則。変名は石川春斎。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

所郁太郎
ところいくたろう
(1838―1865)

幕末期の長州藩諸隊医官の長。美濃(みの)国(岐阜県)不破(ふわ)郡赤坂村商人矢橋亦一(やばしまたいち)の四男。大野郡西方村医師所伊織(いおり)の養子。加納藩医青木松軒に医術を学び、のち京都で勉学、さらに大坂緒方洪庵(こうあん)の適塾で西洋医学を学ぶ。京都で開業中長州藩志士と交流し、1863年(文久3)の政変で長州藩に亡命。やがて諸隊結成とともに隊医となり活躍。翌64年井上馨(かおる)暗殺未遂時、治療にあたり井上の一命を取り留める。その翌年内訌(ないこう)戦時に吉敷(よしき)で病死。28歳。[広田暢久]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

所郁太郎の関連キーワード尊攘伊藤惣兵衛荻谷平八勝野森之介上岡胆治川勝寛治川津毎鎮谷村直前田繁馬三間半二

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone