扇橋町
おうぎばしちよう
[現在地名]江東区白河四丁目・三好四丁目・平野四丁目・扇橋一丁目
横川(亥ノ堀川・大横川)の沿岸、小名木川以南の両岸に分散する町屋。深川扇橋町とも称した。横川西岸の町域は西が源左衛門屋敷・海辺大工町、南は島崎町、北は小名木川に架かる新高橋に続く。東岸の町域は東が駿河田中藩本多家抱地、南は石島町。文政町方書上によると、西葛西領深川町分郷六間堀の内で、寛永(一六二四―四四)頃から百姓町屋が作られ、慶安―天和(一六四八―八四)頃海辺新田や深川村の百姓地を町並地にするよう代官へ願出て、正徳三年(一七一三)町奉行・代官の両支配となった。元禄年中には横川に架かる扇橋から町名が付けられた。町南方にあった道路が潰れていたため、文化一〇年(一八一三)町奉行へ願出て買請けている。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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