手向神社(読み)たむけじんじや

日本歴史地名大系 「手向神社」の解説

手向神社
たむけじんじや

[現在地名]津幡町倶利伽羅

長楽ちようらく寺跡に鎮座。旧郷社。祭神は素盞嗚命に明治四一年(一九〇八)神功皇后を合祀国見くにみ山山頂の四社と合せて五社ごしや権現とよばれる。「万葉集」巻一七の天平一九年(七四七)五月二日の大伴池主長歌に「礪波山 手向の神に 幣奉り 吾が乞ひ祈まく」とみえる。「三代実録」元慶二年(八七八)五月八日条に「越中国正六位上手向神」とみえ、従五位下に進階している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む