手広遺跡(読み)てびろいせき

日本歴史地名大系 「手広遺跡」の解説

手広遺跡
てびろいせき

[現在地名]龍郷町赤尾木

標高二〇〇メートル前後の十五じゆうご山系の太平洋側、山麓から延びる標高二〇メートルほどの海岸段丘末端に形成された砂丘上に立地。手広川に接し、遺跡の北側に低湿地が展開する。縄文時代後期に相当する時期の嘉徳I式土器・嘉徳II式土器・面縄西洞式土器・外耳土器が出土し、焼礫の集積した遺構も検出されている。同じく晩期に相当する喜念I式土器・条痕文土器・磨研土器・尖底土器などが出土。これまで弥生時代に相当するとされていた宇宿上層式土器が縄文晩期の土器に共伴して出土していることが注目される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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