拝原遺跡(読み)はいばらいせき

日本歴史地名大系 「拝原遺跡」の解説

拝原遺跡
はいばらいせき

[現在地名]脇町 拝原

吉野川の北岸、同川に注ぐ曾江谷そえだに川によって形成された扇状地にある集落遺跡。昭和六一年(一九八六)以降、国道一九三号の改良工事に伴って発掘調査が行われた。確認された住居古墳時代後期の竪穴住居跡一棟であるが、調査区のさらに西側に集落の広がりが想定できる。一号住居は東西五・八メートル、南北五メートルの方形で、北壁中央部に作りつけの竈を設け、竈内には煮沸具を支える砂岩円礫が立った状態で見つかっている。主柱穴となるものが八基検出され、また煙道が二つあることからみても、同一敷地での改築の可能性が考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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