持宝寺(読み)じほうじ

日本歴史地名大系 「持宝寺」の解説

持宝寺
じほうじ

[現在地名]小山市宮本町二丁目

旧日光街道の東にあり、東醍醐山密厳院と号し、新義真言宗。本尊大日如来。宝亀三年(七七二)弓削道鏡の草創と伝え、孝謙天皇の陵墓を築いて皇墳山と称し道鏡は別当山坊となったという。古くは法相宗で、応永年間(一三九四―一四二八)に山城醍醐寺一二世俊海を中興開山に真言宗として再興されたと伝える。本多正純が祇園(ぎおん)城内から移し、享保元年(一七一六)に醍醐寺末となったともされる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

1 多数の語を集録し、一定の順序に配列して一つの集合体として、個々の語の意味・用法、またはその示す内容について記したもの。語のほかに接辞や連語・諺なども収める。また、語の表記単位である文字、特に漢字を...

辞書の用語解説を読む