文久の打払令(読み)ぶんきゅうのうちはらいれい

旺文社日本史事典 三訂版 「文久の打払令」の解説

文久の打払令
ぶんきゅうのうちはらいれい

幕末の異国船打払令
1863(文久3)年5月10日を開始期日として発令長州藩を中心とする尊攘派志士・公家朝廷を動かし,上洛中の14代将軍徳川家茂 (いえもち) に攘夷決行を強要し,打払令の発令を得た。同日長州藩は下関海峡を航行するアメリカ・フランスオランダ艦船を積極的に砲撃翌年四国艦隊下関砲撃事件を招くことになった。

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