文覚町(読み)もんがくちよう

日本歴史地名大系 「文覚町」の解説

文覚町
もんがくちよう

下京区東中筋通七条上ル

南北に通る東中筋通を挟む両側町。町の北を北小路きたこうじ(旧北小路)が東西に通る。

平安京の条坊では、左京七条二坊三保一三町の地。平安時代中期、当町全域は宇多上皇の御所亭子ていじ院の地であった(拾芥抄)

近世には西本願寺の寺内町となり、寺内九町組のうち学林組に所属。寛永一四年(一六三七)洛中絵図には「天使突抜四丁目」、天明六年(一七八六)京都洛中洛外絵図には「東中筋四丁目」の名でみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む