新堀堰(読み)しんぼりせぎ

日本歴史地名大系 「新堀堰」の解説

新堀堰
しんぼりせぎ

[現在地名]堀金

三郷みさと楡の住吉にれのすみよし神社南で温堰ぬるせぎ尻を取り入れ、鳴沢なるさわ扇状地の扇端を標高六〇〇メートルの等高線に沿って西北に向かって流れ、小田多井こだたい原を灌漑し、田多井たたいに至り、ここからからす川扇状地の扇央を標高六〇〇メートルの等高線に沿って北流し、田尻の古たじりのふる町・上堀金の岩神かみほりがねのいわのかみを灌漑しておうぎ町に至ってじつせぎに流入している。

嘉永五年(一八五二)上下両堀金村・田尻村・田多井村では、「下々畑悪地場所」へ温堰の満水時の不用水を押し入れたならば、自然と地味もよくなり、また除沢よけざわの満水で困っている細萱ほそがや村・重柳しげやなぎ村(以上現豊科とよしな町)・矢原やばら村・白金しろかね(以上現穂高町)のためにもなるということで、小田多井新田村用水堰の流上に井口をあけて掘らせたものである。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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