新庄新町(読み)しんじようしんまち

日本歴史地名大系 「新庄新町」の解説

新庄新町
しんじようしんまち

[現在地名]富山市新庄新町

神通川と常願寺川に挟まれた平地中央に位置し、富山城下と西水橋(にしみずはし)町とを結ぶ北陸街道(巡見使道)の中間点にある在郷町。岩峅寺(いわくらじ)(現立山町)・上市(かみいち)(現上市町)・東岩瀬(ひがしいわせ)などの要地に通ずる立山道・五百石(ごひやつこく)往来・上市往来・岩瀬道などが分岐する交通の要所。町並は東の町新庄(まちしんじよう)村に続く。新庄三箇(しんじようさんが)とよばれた荒川(あらかわ)・町新庄・向新庄(むかいしんじよう)三ヵ村のある新庄野は水利が悪いため開発が困難であったが、元和元年(一六一五)の洪水を契機に開拓が進められた(新庄町史)。加賀藩による改作法施行の展開のなかで街道に面した町新庄村の西方に無高所新庄新町の町立てが進められ、交通の要地としての在郷町が成立。明暦二年(一六五六)の村御印留では新庄新町とみえ無高、小物成は地子銀一五〇匁(うち五〇匁は同年から手上)・四十物役四三匁・地黄煎役一六〇匁。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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