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新庄直忠 しんじょう なおただ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

新庄直忠 しんじょう-なおただ

1542-1620 織豊-江戸時代前期の武将。
天文(てんぶん)11年生まれ。新庄直昌の次男。新庄直頼(なおより)の弟。豊臣秀吉につかえ,文禄(ぶんろく)の役で朝鮮に出陣。近江(おうみ)(滋賀県),伊勢(いせ)(三重県)に1万4600石を領有。関ケ原の戦いで領地をうしなうが,のち徳川家康により幕領の代官に任じられた。元和(げんな)6年1月25日死去。79歳。近江出身。通称は刑部,刑部左衛門

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

新庄直忠

没年:元和6.1.25(1620.2.28)
生年:天文11(1542)
安土桃山・江戸時代前期の武将。直昌の次男。刑部,刑部左衛門。父直昌が,細川晴元に従って三好長慶と合戦し討死したとき,兄直頼,弟直寿らと共に居城の新庄城(滋賀県近江町)にこもっていたが,長慶軍の進撃を恐れて退城。その後は足利義晴に仕え,さらに織田信長,豊臣秀吉に仕えた。文禄1(1592)年朝鮮に出陣し,のち秀吉から近江国(滋賀県)浅井,蒲生,坂田,栗太,伊勢国(三重県)安濃5郡のうちより1万4600石余の領地を与えられた。関ケ原の戦では領地を失うが,徳川家康より召し出され,近江国坂田郡柏原の旅館守護やその近辺の幕領の代官を命じられた。元和3(1617)年,5年には,同旅館にて徳川秀忠を饗応している。

(宇野日出生)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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