コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

新庄直頼 しんじょう なおより

2件 の用語解説(新庄直頼の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

新庄直頼 しんじょう-なおより

1538-1613* 戦国-江戸時代前期の大名。
天文(てんぶん)7年生まれ。新庄直昌の長男。豊臣秀吉,秀頼(ひでより)につかえ,摂津山崎城,のち高槻(たかつき)城による。関ケ原の戦いでは西軍にくわわり,伊賀(いが)上野城を攻略。戦後,会津(あいづ)に流されるが,慶長9年ゆるされ,常陸(ひたち)(茨城県)などに3万300石をあたえられ,麻生(あそう)藩主新庄家(第1次)初代となる。慶長17年12月19日死去。75歳。通称は新三郎。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版の解説

しんじょうなおより【新庄直頼】

1538‐1612(天文7‐慶長17)
安土桃山時代の武将。駿河守,のち宮内卿法印。直昌の子。蒲生氏の一族で近江坂田郡新庄を本貫とし,同郡朝妻城に拠る。豊臣秀吉に仕え,山崎城,大津城などの守将を経て,1595年(文禄4)摂津高槻で3万石を領する。関ヶ原の戦では子息直定とともに西軍に属して伊賀上野城を占拠,戦後改易されて会津の蒲生秀行に預けられる。1604年(慶長9)徳川家康に召し出され,以後常陸麻生で3万0300石を領した。【加藤 益幹】

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

新庄直頼の関連キーワード青山了昌浅野高勝碓井姫佐藤堅忠津軽建広坪内利定西三博松平清宗祐宜横谷宗与(初代)

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone