新東町(読み)しんひがしまち

日本歴史地名大系 「新東町」の解説

新東町
しんひがしまち

[現在地名]津市大門だいもん新東しんひがし塔世とうせ

ひがし町の東、観音寺裏に享保一一年(一七二六)新設された町人町。藤堂高虎による城下町形成の基本方針の一つとして、堀川につづく旧さくら川筋を、城下町外周の防御線として整備することが重要視された。玉置覚書(国訳聿修録)に「尼ケ淵より観音堂の裏より塔世町の方へ掘り立て、其土は町屋の地形並に土手を町屋の裏に被仰付候」とあるように土手をめぐらし、この旧川筋を惣構の堀として整備し、軍事的な要害とした。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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