新柴村(読み)あらしばむら

日本歴史地名大系 「新柴村」の解説

新柴村
あらしばむら

[現在地名]小山町新柴

箱根はこね外輪山金時きんとき(猪鼻山)の麓、鮎沢あゆざわ川の右岸に集落があり、元禄一六年(一七〇三)の大地震以前には、鮎沢川左岸にも寺堂や集落があった。山麓の平坦地に堀之内ほりのうち地名が残り、中世の居館跡といわれている。寛永一〇年(一六三三)相模小田原藩領となり、天和三年(一六八三)旗本稲葉領となる。宝永四年(一七〇七)の富士山噴火での砂降りは二尺四寸(「亥積砂寸尺覚」室伏家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む