新町七町(読み)しんまちななちよう

日本歴史地名大系 「新町七町」の解説

新町七町
しんまちななちよう

山陽道沿いに古くからあった徳山本町(とくやまほんまち)筋と、その北側にできた徳山城下武家地との間に、城下成立後に徐々に建設された町地。新(しん)町・吉屋(よしや)町・夕顔(ゆうがお)町(西横町)・鳥井(とりい)町・間(あい)ノ町(東横町)・寺(てら)町・田(た)町・小沢(おざわ)町があったが、小沢町のみは町方支配ではなく地方とされたため、新町七町とよぶ。

支配は七町合わせて町年寄一人、目代一人がおり、本町筋同様に屋敷石は一屋敷当り三斗七升七合宛、地料銀も全免されたり、半額免除された所が多かった。新町七町の総人口は四八五(男二四三、女二四二)で、このうち家大工三人、桶大工二人、鍛冶屋一人、左官一人、屋根葺二人、紺屋五人、座頭三人がいた(徳山藩御領内町方目安)。

新町は徳山本町筋の幸(さいわい)町西端北側より北へ入った縦町で、入口に番所があった。これは新町の北が桜馬場(さくらばば)の武家地入口に続くためで、山陽道から御館に続く中央道でもあったためである。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

1 多数の語を集録し、一定の順序に配列して一つの集合体として、個々の語の意味・用法、またはその示す内容について記したもの。語のほかに接辞や連語・諺なども収める。また、語の表記単位である文字、特に漢字を...

辞書の用語解説を読む