新荘村(読み)しんじようむら

日本歴史地名大系 「新荘村」の解説

新荘村
しんじようむら

[現在地名]矢島町立石(たていし)

子吉(こよし)川上流東岸、子吉川に沿って平地が開け、背後に緩やかな段丘がある。沢内(さわうち)・上新荘(かみしんじよう)・中屋敷(なかやしき)・妻(つま)ノ神(かみ)などの村々の総称。

慶長一七年(一六一二)の由利郡中慶長年中比見出検地帳(由利郡中世史考)に新城村とある。正保三年(一六四六)の出羽国油利郡之内知行高帳(秋田県庁蔵)に二〇一石五升六合とある。元禄一一年(一六九八)の出羽国由理郡仙北郡之内生駒主殿同権之助知行高辻帳(秋田県庁蔵)では新庄村とあり、同高が記される。


新荘村
しんじようむら

[現在地名]野上町中田(なかた)

貴志(きし)川の支流梅本(うめもと)川の上流西岸に位置し、奥佐々(おくささ)村の南東にあたる。「続風土記」は「当村古梅本村と一村なり、後分れて別村となる、新荘の名これより起れるならん」と記す。南北朝期以降は高野山領小河柴目(おがわしばめ)庄に含まれたと考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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