新開新庄(読み)しんかいしんしよう

日本歴史地名大系 「新開新庄」の解説

新開新庄
しんかいしんしよう

新庄しんじよう一帯にあった庄園。高野山金剛三昧院領新開庄を本庄とし、そこから分れた新庄で、「河内国新開新庄」(文安三年九月一二日「細川国賢書状案」高山寺文書)とか、「河内国新開之内新庄郷」(欠年月日「大聖寺殿塔頭長生院領所々目録」西園寺家文書)などとよばれている。弘安一一年(一二八八)正月一三日の尼如くわん寄進状案(高山寺文書)に「しんしやうのけししき(下司職)二ちやう五反かうち二たんハ、ほんそんあみたの三そんに、ゑいたいをかきりて、きしんまいらせ候」とあり、新庄に二町五反の下司名田があって、そのうち二反を領主尼如観が寄進していることがわかる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む