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方西園 ほう せいえん

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美術人名辞典の解説

方西園

清の画家。名は方済、字は巨済、西園は号。山水・人物・花卉を能くする。乾隆60年(1795)歿、76才。

方西園

清の画家。名は方済、字は臣済、西園は号。山水・人物・花卉を能くする。乾隆60年(1795)歿、59才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

方西園 ほう-せいえん

1734-1789 清(しん)(中国)の文人画家。
雍正12年生まれ。安永9年(1780)安房(あわ)(千葉県)千倉に漂着。本国送還のため海路長崎にいたる途中で富士山をえがき,清にかえってその絵が話題になった。乾隆54年死去。56歳。名は済。字(あざな)は巨川,巨済。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

方西園

没年:没年不詳(没年不詳)
生年:乾隆1(1736)
江戸中期に来日した清の商人,画家。名は済。字は巨川,巨済。西園は号。安徽省あるいは江蘇省の人。山水花鳥を描き,画風は明代の浙派風。安永~寛政年間(1772~1801)に何度か来日。安永9(1780)年,房州(千葉県)に漂着し,長崎へ送還される間に富士山を見,その富岳図で有名になる。ただし,そのときの写生と称する谷文晁模刻「漂客奇勝図」には疑問が多い。

(武田光一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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