江戸時代中期から後期にかけて活躍した浮世絵師。1806年没。生年や出生地は不詳で、謎に包まれている。版元の
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江戸後期の浮世絵師。北川氏。通称勇助あるいは市太郎、画名は初め北川豊章(とよあき)、天明(てんめい)年間(1781~1789)初め歌麿(哥麿、歌麻呂)と改め、画姓も喜多川と表記するようになる。歌麿は当時「うたまる」と読まれた。狂歌をたしなみ、狂歌名を筆綾丸(ふでのあやまる)といった。幼少のときから絵を鳥山石燕(せきえん)に学び、1775年(安永4)刊の富本浄瑠璃正本(とみもとじょうるりしょうほん)『四十八手恋所訳(しじゅうはってこいのしょわけ)』の表紙絵が、浮世絵師としての処女作となる。錦絵(にしきえ)の初作は『芳沢(よしざわ)いろはのすしや娘おさと』で、1777年8月中村座上演の舞台に取材する役者絵であった。これら豊章時代の初期作には勝川春章(しゅんしょう)からの影響が濃厚に表れている。
天明(てんめい)年間に入って歌麿と改名して以後は、鳥居清長の画風を慕い、美人画家として成長していく。また、新興の版元蔦屋重三郎(つたやじゅうざぶろう)(蔦重)に才能を認められ、錦絵ばかりでなく、豪華な多色摺(ず)りの狂歌絵本を次々と蔦屋から発表、写実的な作風に磨きをかけた。『画本虫撰(えほんむしえらみ)』(1788刊)、『潮干(しおひ)のつと』『百千鳥(ももちどり)』(以上1789、1790刊)の三部作は、虫、貝、鳥を写生風に描いた色摺りの挿絵をもつ歌麿狂歌絵本の代表作として知られる。
錦絵における美人画の作画は、清長の群像表現を模倣することから始まるが、やがて対象に近接して、女性の表情の微細な変化を写し留める「大首絵」という形式を創案、寛政(かんせい)年間(1789~1801)初めには独自な作風を確立させた。「雲母摺(きらずり)」や「黄つぶし」の地に女性の柔肌(やわはだ)を美しく浮かび出させるために、ときには朱線を用い、あるいは輪郭線を省略するなど、独創的な表現法をさまざまにくふうした。また、寛政の改革のさなかにあって、彫りの精緻(せいち)や色摺りの度数が制限されたのをかえって逆用し、わずかな色数と限られた線描によって、版画ならではの明快率直な美的効果を実現したものであった。1792、1793年(寛政4、5)ごろの美人大首絵の連作『歌撰恋之部(かせんこいのぶ)』『婦人相学十躰(ふじんそうがくじったい)』などには、各階層にわたる婦女の心理的な深みをも伝える顔貌(がんぼう)表現が尽くされており、また続く1794、1795年の『高名美人六家撰(こうめいびじんろっかせん)』『当時全盛美人揃(とうじぜんせいびじんぞろえ)』などでは、全盛の遊女や茶屋女など実在の美女をモデルに、類型的表現のなかで各人の個性的容貌を微妙に描き分けるなど、単なる美人画家にとどまらぬ肖像画家としての優れた資質をも発揮している。さらに同じころの全身像による連作『青楼十二時(せいろうじゅうにとき)』では、新吉原遊廓(ゆうかく)における遊女の1日の生活模様を活写して、フランスの作家エドモン・ゴンクールが「青楼画家」Le peintre des maisons vertesと名づけた真価を発揮している。
歌麿の雲母摺大首絵は当初、版元蔦屋重三郎の助言と後援のもとに企画・発表されたものと思われ、その秀作は多く蔦屋から版行されている。歌麿芸術の開花に尽くした蔦重の功績は甚だ大きいが、事実、1797年の蔦重の死を境として、歌麿の作品の質に変化がおこってくる。他の版元からの依頼が増して、多作・乱作が作品の質を低下させた気味もあるが、よき助言者であった蔦重好みの古典的格調を失った結果とも思われる。肉感的描写が進み、デカダンな退廃美を表して、その後の幕末美人画の傾向をすでに確かに予言しているところは、浮世絵界随一の美人画家を自負した歌麿らしい晩年であった。1804年(文化1)『太閤記(たいこうき)』関係の錦絵が幕府にとがめられ、入牢(にゅうろう)、手鎖(てぐさり)の刑を受け、文化(ぶんか)3年9月20日、失意のうちに没した。法名は釈円了教信士、浅草の専光寺(現在は世田谷区に移転)に葬られた。代表作としては前述のほかに、錦絵揃物(そろいもの)に『娘日時計』『北国五色墨(ほっこくごしきずみ)』『教訓親の目鑑(めがね)』、艶本(えんぽん)として『歌まくら』(1788刊)、肉筆画に『更衣美人』(東京・出光(いでみつ)美術館)などが知られる。
門人に、2代歌麿、月麿(菊麿)、藤麿らがいるが、いずれも亜流画家に終わっている。
[小林 忠]
『吉田暎二著『日本の美術23 歌麿』(1972・小学館)』▽『楢崎宗重他著『在外秘宝 喜多川歌麿』(1973・学習研究社)』▽『菊地貞夫著『浮世絵大系5 歌麿』(1975・集英社)』▽『楢崎宗重監修『肉筆浮世絵6 歌麿』(1981・集英社)』▽『狩野博幸著『名宝日本の美術22 歌麿』(1981・小学館)』
(内藤正人)
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江戸時代の浮世絵師。伝記的に不明な部分が多く,宝暦3年出生は通説。出生地も江戸,川越,京都などの各説あるが,近時は江戸説が有力。本姓は北川氏,名は勇助あるいは市太郎。画号ははじめ豊章,のち歌麿と改め,画姓も喜多川とする。俳名は石要,狂歌師名は筆綾丸(ふでのあやまる)と称した。幼時から町狩野(まちがのう)の鳥山石燕に絵を学び,初作は1775年(安永4)の《四十八手恋所訳》下巻表紙絵。天明元年(1781)の年号のある序文をもつ黄表紙《身貌大通神略縁起》に画工歌麿の名があり,歌麿改名はこのころと思われる。歌麿の才能を見抜いたのは,この書の版元でもあり,商才と気骨をうたわれた蔦屋重三郎(蔦重)で,《画本虫ゑらみ》《汐干のつと》《百千鳥狂歌合》等の豪華な彩色刷の狂歌絵本シリーズによって歌麿の才能を開花させた。当初は美人画ではなく,花鳥画で彼の力が認められた。1791年(寛政3)幕府の風俗粛正策により,蔦重も山東京伝の洒落本出版の科で身上半減の刑を受ける。その痛手回復に選ばれたのが歌麿であり,美人の半身像を描いた〈大首絵(おおくびえ)〉シリーズであった。その目論見は図に当たり,俗流観相学と絡ませた《婦女人相十品》《婦人相学拾躰》《歌撰恋之部》の試みは,従来の美人画を一変させるほどの人気を博し,歌麿の声価も定まった。蔦重以外からも《当時全盛美人揃》《北国五色墨》等の傑作が生まれる。これらに共通する歌麿美人画の特質は次のように要約されよう。まず構図については,〈大首絵〉は役者絵に先例があるがたんなる役者の接近描写にすぎなかった。歌麿のそれでは,美人の半身がバランスを崩すすれすれのところで構図される。次に,色彩の極度の節約でかえって口紅や下着の色が強く感じられ,女性の肉感的な生々しさが濃厚ににじみ出てくる。さらに,従来の美人画に多かった型どおりのとらえ方ではなく,女性の一瞬の表情や姿態を描くことによってその内面からとらえていこうとする描写態度である。式亭三馬が歌麿を〈女絵を新たに工夫する〉と評したように,歌麿の美人画が現代でも新鮮に受けとめられる理由がここにある。
執筆者:狩野 博幸
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1753/54~1806.9.20
江戸中・後期の浮世絵師。喜多川派の祖。本姓は北川。俗称勇助・市太郎。町狩野の絵師鳥山石燕に学び,豊章と号して安永期に版本挿絵で活躍。1781年(天明元)に号を歌麿と改め,「画本虫撰(えほんむしえらみ)」などの狂歌絵本にその才を発揮した。寛政期には,「婦人相学十躰」に代表される女性の半身像を描いた錦絵に新機軸をうちだし,役者絵に用いられていた大首絵(おおくびえ)を美人画に採用するなど,豊かな表情の女性像を描いて美人画の第一人者となった。しかし,寛政期末から美人大首絵は禁止され,乱作もたたって質的低下をみせる。1804年(文化元)筆禍事件で手鎖の刑をうけ,2年後失意のうちに没した。
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…清長の美人画像は八頭身の理想的なプロポーションをとり,大判二枚続,三枚続の大画面に展開され,開放的な野外風景の中で,群像として知的に構成される。ついで寛政年間(1789‐1801)には喜多川歌麿が,現実の遊女や町娘,あるいは身分,性状を特定された女性を半身像(大首絵(おおくびえ))に描き,微妙な心理や感情の表現に新風を開いている。浮世絵美人画は,これら春信,清長,歌麿の3巨匠によって成熟の頂点に達した感があり,その余の画家は3者の個性的な様式にわずかな変容を加えたにすぎない。…
…船月堂,零陵洞,月窓などと号した。喜多川歌麿の絵画上の師であり,同時に養父的存在でもあった。彼の絵本《石燕画譜》(1774)は木版ぼかし技法を用いた最も初期の例で,《塵塚談》によれば肉筆の役者似顔絵の創始者にも擬せられるなど,浮世絵版画の技法やジャンルの発展に重要な位置を占める。…
※「喜多川歌麿」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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