日吉神社跡(読み)ひえじんじやあと

日本歴史地名大系 「日吉神社跡」の解説

日吉神社跡
ひえじんじやあと

南予護国神社の社地にあった神社で、「宇和旧記」によると、藤堂高虎が丸串まるぐし(宇和島城)鎮守神として、毛山けやま村の玉串森に山王宮を建立したことを起源とする。寛永二年(一六二五)伊達秀宗が再建した時、武士助成城下町人勧進をえておが(現愛宕町)材木を寄進したとある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む