日奈久村(読み)ひなぐむら

日本歴史地名大系 「日奈久村」の解説

日奈久村
ひなぐむら

[現在地名]八代市日奈久大坪ひなぐおおつぼ町・日奈久新田ひなぐしんでん町・日奈久山下ひなぐやました町・日奈久竹之内ひなぐたけのうち

八代の干拓新田地帯の南限に位置し、西は葦北あしきたリアス海岸が始まる八代海に臨む。「肥前国風土記」に景行天皇が熊襲を征討し、葦北の「火流浦」から発船したとあり、日奈久の地名火流ひながれを「比奈賀」と読んだなまりともいう。葦北七浦の一で、正応五年(一二九二)相良頼俊は菊池武房から葦北七浦を賞与されたという(歴代私鑑)。寛正元年(一四六〇)相良長続は名和氏との係争地であった「二見・比奈久」を確保し(同年一一月八日「山井朝続書状」相良家文書)、名和氏を脅かした。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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