日渡城跡(読み)ひわたしじようあと

日本歴史地名大系 「日渡城跡」の解説

日渡城跡
ひわたしじようあと

[現在地名]菊鹿町下内田 日渡

木野(きの)川の支流に挟まれた小規模な舌状台地の標高一四〇メートル、日渡の集落から五〇メートルの高さにある。「一統志」に米山(こめやま)城などとともに「右四所隈部但馬守鎮(親)永居之、天正年中入菊池城」とあり、「国誌」には「隈部式部大輔武治永野城ニ在居、(中略)隈部親永永禄三年ヨリ天正五年迄永野城鸛巣城ヲ用意ス、(中略)隈部親永カ家人富田伊予守氏続永野城代ニ成」とあり、隈部氏の外城の役割をもつ。また「里俗ハ日渡ノ城」というとある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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