日畑廃寺(読み)ひばたはいじ

日本歴史地名大系 「日畑廃寺」の解説

日畑廃寺
ひばたはいじ

[現在地名]倉敷市日畑 大手

王墓山おうはかやま古墳のある丘陵の東斜面にある。赤井堂屋敷あかいどうやしきとよばれているが、この名称が古代寺院伝承をどの程度伝えるものであるか明らかでない。寺院跡のある地点は、東向きの傾斜地で、丘陵東面の緩やかな谷をなす部分である。谷水田や畑として開墾されていたが、その地下に礎石遺存がみられる。発掘調査が行われていないので、遺構の詳細は不明であるが、桁行七間・梁間四間の礎石配列の存在が伝えられている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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