日本歴史地名大系 「早岐浦」の解説
早岐浦
はやきうら
〔中世〕
年欠八月三日の頼教奉書(尊経閣文庫蔵東福寺文書)に「彼杵庄内早岐浦」とみえ、当浦が京都東福寺から太宰府天満宮に寄進されたという噂について東福寺の長老に尋ねている。当地名を号する早岐氏が鎌倉期からみえ、弘安八年(一二八五)「早岐又三郎清氏」は肥前
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
年欠八月三日の頼教奉書(尊経閣文庫蔵東福寺文書)に「彼杵庄内早岐浦」とみえ、当浦が京都東福寺から太宰府天満宮に寄進されたという噂について東福寺の長老に尋ねている。当地名を号する早岐氏が鎌倉期からみえ、弘安八年(一二八五)「早岐又三郎清氏」は肥前
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...