早稲田観音堂(読み)わせだかんのんどう

日本歴史地名大系 「早稲田観音堂」の解説

早稲田観音堂
わせだかんのんどう

[現在地名]南部町沖田面 早稲田

沖田面(おきたおもて)の西南、猿辺(さるべ)川の下流左岸の丘陵地に位置する。

寛保三年(一七四三)の「奥州南部糠部順礼次第全」に「和瀬田ノ堂舎十一面観世音菩薩」とあり、糠部(ぬかのぶ)三十三観音の第二三番札所とされる。宝暦(一七五一―六四)の頃の御領分社堂には「観音堂」とあり、開創年代は不詳であるが、本尊は沖田面の早稲田より出土したもので、のち永福(えいふく)寺(現岩手県盛岡市)の祈願仏となったという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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