昌住寺(読み)しようじゆじ

日本歴史地名大系 「昌住寺」の解説

昌住寺
しようじゆじ

[現在地名]鳴門市鳴門町高島

高島たかしま地区の南方背後山並がある景勝地にある。常福山と号し、浄土宗西山深草派本尊阿弥陀如来。寺伝によると、慶長九年(一六〇四)に淡路光明寺から空誉が塩田技術者一〇人とともに高島に来て草庵を結んだことを創始とする。その後鎮西流の僧や禅僧住持となったり、無住の時期もあり、また真言の僧が寺の諸道具を預かったこともあったが、万治二年(一六五九)栄哲が住持となると、翌三年西山光明こうみよう(現京都府長岡京市)の取次で綸旨を与えられ、以後同寺末寺となったと伝える(板野郡誌)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 庫裏 本堂 建立

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む