…翌13年(建保1)天台座主公円について剃髪し,戒壇院で菩薩戒を受けて,仏法房道元と名のり,天台宗の教学を修めたが,いっさいの衆生はもともと仏であると天台宗では教えるのに,すでに仏である人がなぜ修行しなければならないか,という疑問が解けず,比叡山での修行に見切りをつけて,三井寺の公胤(こういん)を訪ねた。しかし,公胤もそれには答えず,中国で禅宗を学んでくるのがよいと入宋を勧めたので,17年秋,まず建仁寺に赴いて,栄西門下の明全(みようぜん)に参じた。ついで23年(貞応2)明全らと入宋し,浙江省天童寺に赴いて,臨済宗大恵(だいえ)派の無際了派に参じた。…
※「明全」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...