コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

明救 みょうぐ

2件 の用語解説(明救の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

明救 みょうぐ

946-1020 平安時代中期の僧。
天慶(てんぎょう)9年生まれ。有明(ありあきら)親王の王子。比叡(ひえい)山の延昌(えんしょう)について出家,京都浄土寺に住した。三条天皇の眼病平癒に功があった。寛仁(かんにん)3年僧正,天台座主(ざす)。浄土寺座主とよばれる。寛仁4年7月5日死去。75歳。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

明救

没年:寛仁4.7.5(1020.7.27)
生年:天慶9(946)
平安中期の天台宗の僧。「みょうく」ともいう。醍醐天皇の孫。有明親王の子,母は左大臣藤原仲平の娘。浄土寺座主と呼ばれる比叡山に入り延昌に師事し,延暦寺阿闍梨となる。権律師を経て権少僧都に進む。寛弘1(1004)年辞職し,僧綱職を弟子の如源に譲ったが,同7年に修法の功によって権大僧都となった。浄土寺(京都市左京区)に住み,同寺楽音院に阿闍梨3人を置いた。三条天皇の眼病の平癒を祈り,長和2(1013)年権僧正となり,寛仁3(1019)年天台座主,僧正の職に就いた。天台宗中興の祖とされる良源から秘法を学んだ験者で,豆を主食にしたという。

(岡野浩二)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

明救の関連キーワード恵心僧都尊意僧正百如慈芳普門円通孝暢高明元三大師明快一乗要決行真

今日のキーワード

日本政策投資銀行

1999年に日本開発銀行と北海道東北開発公庫を統合し、発足した政府系総合政策金融機関。一般の金融機関が行なう金融などを補完・奨励し、長期資金の供給などを行ない、日本の経済社会政策に金融上で寄与していく...

続きを読む

コトバンク for iPhone

明救の関連情報