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星野良悦 ほしの りょうえつ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

星野良悦 ほしの-りょうえつ

1754-1802 江戸時代中期-後期の蘭方医。
宝暦4年生まれ。安芸(あき)(広島県)の開業医。職人原田孝次に人体骨格の模型(木骨)をつくらせ,江戸に持参して杉田玄白らを驚嘆させた。のちさらに1体をつくらせ,寛政12年幕府に献上。享和2年3月10日死去。49歳。名は範寧。字(あざな)は子康。号は柳子。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

星野良悦

没年:享和2.3.10(1802.4.12)
生年:宝暦4(1754)
江戸中期の蘭方医。名は範寧,号は子康,柳子。安芸国広島の医家に生まれ,家業を継ぐ。工人原田孝次に日本で初めて桐の木を細工して精巧な人体骨格の模型を作らせる。寛政10(1798)年この木骨を持参して江戸に出る。『解体新書』(1774)が刊行され,その内容の真偽が定まらない時期に桂川甫周,杉田玄白,大槻玄沢に木骨を見せ,蘭書に誤りのないことを示した。帰郷してさらに1体を作り,寛政12年幕府に献上,賞金30両を賜る。これを契機に広島と江戸との蘭学知識の交流が始まり,門下に中井厚沢らが育った。木骨は藩医三宅董庵や後藤浩軒の後裔が所有,現在は広島県立美術館に保管されている。<参考文献>「星野良悦『身幹儀説』」(『広島県史・近世資料篇』Ⅵ),江川義雄『広島県医人伝』1集

(江川義雄)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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