すしを売る店,また,それを業とする人。鮓屋,寿司屋とも書く。店舗を設けて営業するもののほか,屋台店や行商のすし売などがある。文献上の初見と思われるのは《今昔物語集》巻三十一のアユずし売の女の話で,そこには〈市町(いちまち)ニ売ル物モ販婦(ひさぎめ)ノ売ル物モ……〉と,平安末期の京都には行商のすし売とともに,露店かも知れぬが,とにかく店を構えたすし屋のあったことが記されている。その後は,すし屋がなくなったとは考えられないが,記録上は長い間姿を消してしまう。江戸時代になって屋号のはっきりした店が現れてくるが,初期にはまだすし屋は少なかったものと見えて,1687年(貞享4)刊の《江戸鹿子》が挙げているのは,旧日本橋魚市場内の横町の一つ,舟町横町にあった近江屋,駿河屋の2軒だけである。1747年(延享4)の《義経千本桜》初演以後,吉野下市の釣瓶(つるべ)ずし屋の名が急速に広まった。釣瓶ずしの名は室町後期から散見されるが,この家は江戸初期にすし専業になり,代々当主が弥助を称したので,〈弥助鮓〉ともいった。俗にすしを〈弥助〉と呼ぶのはこのためである。天和(1681-84)以前から仙洞(せんとう)(上皇の御所)御用をつとめていたが,1754年(宝暦4)には前記《千本桜》の世評を背景に,江戸横山町に出店して成功,ほかにも同じ釣瓶ずしを称する店が出現した。大坂では江戸初期から福島(現,福島区)の岡場所近くの茶屋で供した雀(すずめ)ずしが有名だった。はじめは江鮒(えぶな)と呼ぶボラの幼魚を使っていたが,1781年(天明1),これも仙洞御用をつとめるようになり,それ以来小ダイを用いるようになったとされる。笹巻(ささまき)の毛抜ずしの店としては1787年刊の《七十五日》に江戸の竈(へつつい)河岸の笹屋ほか3軒の名が見え,やがて握りずしが登場して,両国の与兵衛ずし,深川安宅(あたけ)の松のすしなどの名が喧伝された。以上の店はおおむね店内で食べるのではなく,持って帰る形式のものだった。屋台のすし屋が多かったのは,その場で安直に好みの物が食べられたためで,有名店は別にして,普通のすし屋は屋台店を設けるものが多く,また,屋台だけのすし屋も多いと《守貞漫稿》は書いている。江戸時代のすし売は中期から見られるようになり,1754年正月には市村座の《皐需曾我橘(さつきまつそがのたちばな)》にはすし売の所作事が登場したが,そのせりふにはフナやコイ,あるいは〈馴れすぎ〉といった語も見られ,馴れずしを売っていたことがわかる。末期のすし売は正月を主とし,あとは花見どきが書き入れだったらしい。コハダのすし売は〈いき〉の見本のようにいわれるが,そのすしは初め飯ではなく,豆腐かす,つまり,おからを握ったものであったという。ちなみに現在では,すし屋が立ってすしを握り,客は腰を下ろしているが,1923年の関東大震災以前は,屋台をも含めて大部分のすし屋が正座してすしを握っていたものである。
→すし
執筆者:吉野 曻雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…江戸の目の前の場所の意で,ふつう東京湾内奥のその海でとれた新鮮な魚類をいい,転じて,生きのよい江戸風の事物をいうようになった。現在では握りずしの種の鮮度を誇示する語として,もっぱらすし屋がこれを用いている。しかし,《物類称呼》(1775)には〈江戸にては,浅草川,深川辺の産を江戸前とよびて賞す,他所より出すを旅うなぎと云〉とあり,《江戸買物独案内》(1824)を見ると,江戸前,江戸名物などととなえているのはすべてウナギ屋で,すし屋はほとんどが御膳と称している。…
…魚貝などを米飯といっしょに漬けこみ,乳酸発酵させた貯蔵食品。または,酢で味をつけた飯に魚貝,野菜などを配した料理。前者はすしの原形とされるもので馴(な)れずし(熟(な)れずし)と呼び,現在の日本で代表的なのは〈近江(おうみ)のフナずし〉であろうが,東南アジアから中国の一部にかけてかなり広く行われているものである。後者は握りずしに代表されるもので,日本独特の米飯料理である。すしは,鮓,鮨,寿司,寿志,寿しなどと書かれるが,鮓と鮨のほかはすべて江戸中期以後に使われるようになった当て字であり,また,〈すもじ〉〈おすもじ〉というのは室町時代から使われた女房ことばである。…
※「鮨屋」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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