景政寺
けいせいじ
[現在地名]矢吹町三城目
南台山東光院と号し、天台宗。本尊薬師如来。初め永福寺と称したが、鎌倉権五郎景政の廟があるところから景政寺と改めた。天正二年(一五七四)焼失したが、正徳五年(一七一五)伝能が再建。境内に御霊社がある。御霊社の祭神は村岡小五郎忠通で、後三年の役に源義家とともに赴任し、子の景政も戦い戦功があったという。寛治三年(一〇八九)忠通は陣中で没し、堀河天皇が軍功を賞してその霊を鎌倉長尾郷(現横浜市戸塚区)に祀り御霊宮の号を贈った。景政は竹貫鎌田(現古殿町)の城主となり、御霊宮を三城目の南台山に勧請したといわれる。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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