曲直瀬正琳(読み)まなせ しょうりん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「曲直瀬正琳」の解説

曲直瀬正琳 まなせ-しょうりん

1565-1611 織豊-江戸時代前期の医師
永禄(えいろく)8年生まれ。曲直瀬正盛(しょうせい)(初代道三)にまなび,玄朔(げんさく)(2代道三)の娘と結婚して曲直瀬を称する。慶長5年後陽成(ごようぜい)天皇の病を治療し,養安院の院号をあたえられた。10年徳川家康の命で江戸におもむき,のち秀忠につかえる。慶長16年8月9日死去。47歳。本姓は一柳。号は玉翁

曲直瀬正琳 まなせ-まさよし

まなせ-しょうりん

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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