曲直瀬正盛(読み)まなせ しょうせい

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「曲直瀬正盛」の解説

曲直瀬正盛 まなせ-しょうせい

1507-1594 戦国-織豊時代の医師。
永正(えいしょう)4年9月18日生まれ。仏門にはいり足利学校で諸学を,田代三喜に李朱(りしゅ)医学をまなぶ。還俗(げんぞく)して京都で医を業とし,学舎啓迪(けいてき)院をひらく。和歌,茶湯にも通じ,足利義輝(よしてる),織田信長,豊臣秀吉らに厚遇された。天正(てんしょう)11年後陽成(ごようぜい)天皇から今大路の家号をあたえられた。文禄(ぶんろく)3年1月4日死去。88歳。京都出身。本姓は堀部。別名に正慶。字(あざな)は一渓。通称は道三。号は翠竹院など。著作に「啓迪集」など。
【格言など】養生するは,死を善くせんがためなり(「養生物語」)

曲直瀬正盛 まなせ-まさもり

⇒まなせ-しょうせい

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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