法名(ほうみょう)、戒名(かいみょう)の上に冠する最上の尊称。院とはもともと垣や回廊のある建物の意で、官庁や寺の称号であったが、天皇譲位後の御所の呼称に用いられるようになった。さらに10世紀初めの嵯峨(さが)天皇、淳和(じゅんな)天皇が、その居院によって嵯峨院、淳和院と称されて以来、高貴の人の尊称に転じた。10世紀末には一条(いちじょう)天皇の母が東三条(ひがしさんじょう)院と号して女院院号が、関白藤原兼家(かねいえ)が法興(ほうこう)院と号して摂関家院号が始まった。その多くは入道隠棲(いんせい)した寺院名を冠するものであった。やがて足利尊氏(あしかがたかうじ)がその開創にかかる等持院によって等持院殿と称されて以来、歴代将軍は公家(くげ)と区別して院殿号を冠した。江戸時代に院殿号は武家一般に用いられ、院号より上位とされた。一方、僧侶(そうりょ)間では、円仁(えんにん)が前唐(ぜんとう)院、円珍(えんちん)が山王(さんのう)院と称したごとく早くから用いられ、主として天台宗、真言宗の門跡(もんぜき)寺院で冠されていた。浄土真宗では蓮如(れんにょ)以来法主(ほっしゅ)がこれを冠し、本願寺が門跡を勅許されて以後、末寺僧侶に及んだ。浄土宗では功績のあった僧侶に三字院号を与え院家(いんげ)に列した。江戸時代にはこうして武家や僧侶に普及し、また特定の民衆にもこれを冠するようになった。
[大桑 斉]
太上(だいじょう)天皇の称号,女院(にょいん)の称号,摂関・将軍などの称号の3種類がある。(1)太上天皇の称号は,嵯峨天皇以後,京内外に営んだ居所によってよばれたもの。当初は居所の名を中国風の雅名にかえるのが例であったが,一条天皇以後は日本風の名を用いた。また,後一条天皇以後は在位のまま没した場合も院号を贈るのが例となり,ついには天皇号として定着した。(2)女院の称号は,これにならって,皇太后を辞した藤原詮子(せんし)が東三条院とよばれたのを初例とする。上東門院(藤原彰子)以後は門院号が大半を占めた。(3)摂関・将軍などの称号は,寺院名にちなんでよばれ,摂関藤原兼家の法興院(ほうこういん),足利尊氏の等持院(とうじいん)に始まり,のちには庶民や一般の僧尼にもこの風が広まった。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
…これは生前に受戒入道して仏道修行をしたという意味である。また受戒入道した居士,大姉,信士,信女の仏道修行は寺院においてでなければならないので,その寺院名を院号で表す。これは別に寺院を建立するという意味ではなくて,その人の住宅を院に見立てて仏道修行すればよいことである。…
※「院号」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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