更雀寺(読み)きようしやくじ

日本歴史地名大系 「更雀寺」の解説

更雀寺
きようしやくじ

[現在地名]左京区静市市原町

浄土宗西山禅林寺派。森豊山と号し、本尊阿弥陀如来。昭和五二年(一九七七)まで京都市中京区錦大宮にしきおおみや町にあり、四条しじよう通と後院こういん通の交差する北西付近に位置した。寺伝によれば、桓武天皇の勅願により延暦一三年(七九四)僧賢建立(坊目誌)。万寿二年(一〇二五)焼失、永長二年(一〇九七)再興(山城名跡巡行志)、文和年中(一三五二―五六)および応仁の乱で類焼と伝える。寛永年中(一六二四―四四)に至って、浄春という勧進僧によって錦大宮町の地に再興。以来浄土宗となった(山州名跡志)。しかし天明八年(一七八八)大火で類焼、その後再建された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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