曾我紹仙(読み)そが しょうせん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「曾我紹仙」の解説

曾我紹仙 そが-しょうせん

?-? 戦国時代の画家。
越前(えちぜん)(福井県)の人。曾我蛇足(じゃそく)の子とされる。京都を中心に大永(たいえい)-天文(てんぶん)(1521-55)のころ活躍,兵部墨渓(ひょうぶ-ぼっけい)や周文の流れをくむ水墨画をえがく。「一休宗純像」「山水図」などで知られる。通称は兵部。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の曾我紹仙の言及

【曾我派】より

…中世から近世の漢画派。室町時代,桃山~江戸初期,および江戸中期の三つの画派もしくは画人があり,その間の系図上のつながりは不明である。(1)室町時代の曾我派 伝承では来日李朝画家の李秀文を祖とし,兵部墨渓(ひようぶぼつけい)をその子として画系の初めとする。以後,代々曾我姓を称する越前朝倉氏の家臣。墨渓以降,代々参禅して法名を持ち,特に一休禅師の禅風を受け,その肖像や関係寺院の画作に腕をふるった。墨渓の画技の師は周文で,子の夫泉宗丈(曾我蛇足(じやそく))とともに,周文流の山水画の世界をより簡素・枯淡化し,余白の多い蕭条とした水墨山水画を形成した。…

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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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