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水墨画 すいぼくが

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

水墨画
すいぼくが

墨一色の濃淡によって対象を描写する東洋独自の絵画。墨線だけで対象の構図や骨格を描くのを白画または白描というのに対し,水墨画は墨の濃淡によって彩色をも表現し,多様な筆墨技法が開発された。自然主義的表現から精神的なものの表現にまで昇華し,気韻生動を伴う多くの傑作を生むにいたった。中国,唐代の王維山水画に始り,宋代に急速な発展をとげた。日本へは鎌倉時代に伝来し,室町時代禅林を中心として発達し,日本水墨画としてこの時代を代表する絵画となった。

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デジタル大辞泉の解説

すいぼく‐が〔‐グワ〕【水墨画】

おもに墨の濃淡を利用して描いた絵画。中国唐代中期に始まる。日本には鎌倉時代に伝来し、禅宗文化の興隆に伴って盛んに行われた。すみえ。

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百科事典マイペディアの解説

水墨画【すいぼくが】

東洋画の一様式。墨一色,またはこれに淡彩を施した絵画。中国,唐代に生まれ,朝鮮,日本に伝わって独自の発展を遂げた。〈墨に五彩あり〉という思想に基づき,墨の濃淡,ぼかしなどで色彩感,立体感などを表現しようとする。
→関連項目阿弥派殷仲容王淵海北友松可翁夏珪唐絵漢画貫休北山文化玉澗愚渓右慧芸阿弥減筆黄公望近藤浩一路山水長巻子庭祖柏徐渭如拙石恪雪窓雪村曾我派俵屋宗達鄭燮道釈画土佐光信長谷川等伯東山文化筆法黙庵牧谿山田道安梁楷

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日本文化いろは事典の解説

水墨画

水墨画は山水画ともいい、墨の濃淡と筆の動きによって描かれた絵のことを言います。鎌倉時代後期に禅宗とともに日本に入り、禅の精神を表すものとして盛んに描かれました。

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世界大百科事典 第2版の解説

すいぼくが【水墨画 shuǐ mò huà】

水墨という用語は,中唐のはじめ大暦年間(766‐779)の進士で画家でもあった劉商が,松石図について詠んだ詩の中にみられるのが最も古い。唐末五代(10世紀)初めの画家荆浩が《筆法記》において,〈水暈墨章は我が唐代に興る〉というのがその内容であろう。しかし中国では水墨画という用語はきわめてまれで,墨竹など特殊な画風を指す場合が多い。唐の中ごろから起こった絵画の変革は,六朝・隋・唐の中世的・貴族的絵画に対する,新しい近世絵画の出発点となった。

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大辞林 第三版の解説

すいぼくが【水墨画】

墨一色を用い、その濃淡の調子によって描く絵。中国で山水画を中心に唐代に成立。鎌倉中期日本へ禅宗とともに入り、禅の精神を表すものとして盛んに描かれた。水墨。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

水墨画
すいぼくが

東洋絵画の一形式。中国を中心に朝鮮および日本など東アジア文化圏で流行し、独特の発展をみた。墨を主顔料に、これの濃淡や潤渇の度合いによって、人物や動物、山川草木など森羅万象を描き出そうとしたもので、淡彩を施す場合もあるが、基本的にはすべての形象が墨一式で表現された抽象的かつ象徴的な絵画をいう。
 彩色しない、墨を基調にした絵画、いわゆる墨絵には、水墨画とは別に、白描画(はくびょうが)(白画(はくが))とよばれる画法があり、これは墨の描線を主にした輪郭線本位の絵画で、中国では漢、魏(ぎ)以来の長い伝統をもつ。水墨画は、この白描画の描線の発達とも複雑に関係しながら唐時代(618~907)に発生をみ、墨の濃淡やぼかしによって面的表現を目ざしたところに特色がある。水墨画ということばは、唐代末期すでに張彦遠(ちょうげんえん)の『歴代名画記』に使われているが、その意味はおそらく、唐末に荊浩(けいこう)がその著『筆法記』のなかで述べた「水暈墨章(すいうんぼくしょう)」画と同義と考えられ、文字どおり水で暈(くま)どり墨で章(あや)どった画(え)のことである。
 水墨画の基本的描法として破墨(はぼく)と溌墨(はつぼく)の2種があり、これら二つの用墨法についてはさまざまな解釈が行われている。破墨とは、墨をもって墨を破ることで、淡墨で大体を描いてその上に濃墨を加え、濃淡の差やぼかしなどによって立体感や生動感を表現する技法であり、これに対し溌墨は、輪郭線を無視して画面に墨を溌(そそ)ぎ、一気に形体を表すとともに、墨の濃淡と勢いとによって生動感を表す技法である。前者が多分に線的で形態把握を主眼とし、どちらかといえば伝統的な骨法用筆に依存しているのに対し、後者はむしろ面的で、水暈墨章の名にふさわしい。
 水墨画が彩色画から独立して成立するためには、当然そこに絵画観そのものの重大な変革があった。『歴代名画記』が唐代初期の画家殷仲容(いんちゅうよう)の画を評して「墨を用いて色五采(ごさい)をかねた」と述べているように、墨一色の絵画を認め、しかも実際には濃淡の差はあるものの黒一色で描かれたものを精神的には五采すなわち彩色画であると観念し、了解する鑑賞態度がなにより必要とされたのである。こうした鑑賞態度の変化と、前述した破墨・溌墨2画法の成立・融合とによって墨のみの微妙な表現が可能になり、やがて唐末五代に写実的山水画が生まれ、ついで宋(そう)・元時代に至り水墨画は全盛期を迎え、深い精神性をもったもっとも東洋的な絵画表現として完成をみるのである。
 一方、日本における水墨画は、中国の水墨画の成立をうけ、早くも天平(てんぴょう)時代に『鳥毛立女屏風(とりげりつじょのびょうぶ)』が制作され、輸入された唐代の水墨画法の一端をかいまみることができるが、本格的に制作されるようになったのは、鎌倉時代に入って、宋・元の水墨画法が移入されてからである。その初期には禅宗と結び付いて享受され、黙庵(もくあん)、可翁(かおう)、明兆(みんちょう)、如拙(じょせつ)、周文(しゅうぶん)など僧籍をもったいわゆる「画僧」によって制作され、やがては五山文学の隆盛とともに「詩画軸」が大いに盛行した。そして雪舟の出現によって日本的水墨画の完成をみる。また足利(あしかが)将軍家をはじめ武人の支持と相まって、幕府の御用画師となった小栗宗湛(おぐりそうたん)・宗継(そうけい)父子や狩野正信(かのうまさのぶ)・元信など俗人画家も現れた。さらには祥啓、雪村などの地方画家も活躍し、ここに水墨画は全国的な広がりのなかで幅広く制作、享受されるようになった。そして桃山、江戸時代の大画面金碧(きんぺき)障壁画の成立に大きく寄与し、狩野、長谷川(はせがわ)、雲谷(うんこく)、海北(かいほう)など各画派を通じて大いに描かれた。また滋潤な墨色のなかに日本的情感を盛り込むことに成功した宗達、光琳(こうりん)などの活躍も忘れてはならない。なお現代では、水墨画の白と黒の世界における表現主義的傾向や精神性が世界的視野において再認識され、新たな形式の水墨画が模索されている。[榊原 悟]
『矢代幸雄著『水墨画』(1977・岩波書店) ▽松下隆章著『日本の美術13 水墨画』(1967・至文堂) ▽田中一松・米沢嘉圃著『水墨美術大系1 白描画から水墨画への展開』(1978・講談社)』

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世界大百科事典内の水墨画の言及

【宋代美術】より

… 宋代の美術界で主導的な地位を占めたのは絵画であった。六朝の書,唐の詩,宋の画と評されるように,中国絵画史のなかで最高の評価を得た宋代の絵画を特徴づける要因として水墨画の手法のめざましい発達,主導的な題材の道釈人物画から山水画への移行,画家と鑑賞者の両者にみられる文人意識の増大という三つの現象を指摘できる。人物画の分野では唐代に頂点に達した大画面形式の道釈人物は北宋前期の職業的な画家たちによって継承されたものの,形式化し衰退していく傾向をみせたが,北宋末の李公麟が文人趣味にあう白描画風の人物画を再興し,この分野に鑑賞絵画としての新生命を吹き込み,南宋期の禅機画盛行の出発点となった。…

【中国美術】より

…これは自己の能力の広大無辺への確信であり,そこに生まれるのは中世の趣味論的芸術論にかわる天才的芸術論である。この傾向を最もよくあらわす新しいジャンルとしていわゆる水墨画がある。8世紀から始まった水墨画は,中世の美しい形と固有色の世界を破壊し,それらをモノクロームの諧調の中に相対化して,すべての物を精神のパースペクティブの中に秩序づけようとする。…

【日本美術】より

…仏像の様式は宋代を境に彫刻,絵画とも世俗化に向かい,それに代わって主座を占めたのは士大夫・文人の高度に理想主義的な芸術観に支えられた書画の分野である。それを最も特色づけるものとしての水墨画は,文人社会と密接な関係にあった禅林でも流行し,日中の禅僧の往復がその導入に大きな役割を果たした。 唐代絵画の色彩性を独自に発展させたこれまでの日本絵画の伝統にとって,水墨画の手法は,さほどなじみやすいものであったと思えない。…

【室町時代美術】より

鎌倉彫沈金(ちんきん),古瀬戸の灰釉,鉄釉陶器などがその例であるが,重要なのは,宋・元の唐絵の模倣・学習による国産唐絵(漢画)の普及である。黙庵霊淵,可翁,鉄舟徳済,無等周位(1346‐69),良全ら初期の唐絵画家が学んだのは,中国禅僧の余技としての水墨道釈画,細密な頂相,浙江省の民間絵師による著色の羅漢画などさまざまだが,なかで水墨の技法の摂取が水墨画という新しい表現の分野を発足させた。黙庵や可翁の描く布袋図,寒山拾得図の生気ある表現には,元の禅僧におとらぬ墨戯の精神が発揮されている。…

【ラン(蘭)】より

…蘭の名品番付や栽培法を書いた本も多く,中国風に《易経》や《史記》の形に倣った《蘭易》《蘭史》などの書もある。南宋の遺臣鄭思肖(所南)が土をつけぬ蘭を描いて以後,水墨画の蘭は士大夫のたしなみの一つともなり,《芥子園(かいしえん)画伝》でも梅菊竹とならぶ四君子の一つとして蘭譜が作られている。【梅原 郁】
[伝承と流行]
 ランは英語でorchis,orchidと二通りに表されるが,前者は主として温帯地方に自生するハクサンチドリ属を指し,後者は熱帯産や温室栽培の美麗な種を指す。…

※「水墨画」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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