有玉畑屋村(読み)ありたまはたやむら

日本歴史地名大系 「有玉畑屋村」の解説

有玉畑屋村
ありたまはたやむら

[現在地名]浜松市有玉北町(ありたまきたまち)・有玉南町(ありたまみなみまち)

有玉下(ありたましも)村の北に位置し、北は有玉町田(ありたまちようだ)村。有玉組合七ヵ村の一つで、延宝七年(一六七九)に有玉村が分村して成立した。たんに畑屋村とも称し、幡屋村とも記す。「遠江国風土記伝」は古代服部の住処とする。元禄郷帳に有玉畑屋村とみえ、高三五二石余。領主の変遷は江之島(えのしま)村と同じ。明和九年(一七七二)の城附領分村々高帳写では本田畑三七六石余・新田畑九四石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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