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有馬頼永 ありま よりとお

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

有馬頼永 ありま-よりとお

1822-1846 江戸時代後期の大名。
文政5年3月24日生まれ。有馬頼徳(よりのり)の子。天保(てんぽう)15年父の跡をつぎ,筑後(ちくご)(福岡県)久留米(くるめ)藩主有馬家10代となる。外国船来航にそなえ,軍備のため大倹約を号令,藩士に江戸で西洋砲術をまなばせ,兵制改革をすすめた。弘化(こうか)3年7月3日死去。25歳。字(あざな)は君成,雪船。号は勤子斎,思艱斎(しかんさい)など。詩文集に「思艱斎遺稿」。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典内の有馬頼永の言及

【久留米騒動】より

…幕末久留米藩における藩内闘争。1844年(弘化1)久留米藩10代藩主となった有馬頼永(よりとう)は,水戸学の影響をうけた村上守太郎ら天保学派の支持を得て藩政改革に着手,大倹令を発し軍制改革を断行したが,わずか2年にして急逝し,藩政改革は挫折した。46年,弟の頼咸(よりしげ)が11代藩主に就任すると,天保学派は真木和泉らの外同志と村上守太郎らの内同志に分裂し,50年(嘉永3)江戸赤羽の久留米藩邸における村上守太郎の参政馬淵貢に対する刃傷事件にまで発展した。…

※「有馬頼永」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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