服部金太郎(読み)ハットリ キンタロウ

20世紀日本人名事典 「服部金太郎」の解説

服部 金太郎
ハットリ キンタロウ

明治・大正期の実業家 服部時計店創立者;貴院議員(勅選)。



生年
万延1年10月9日(1860年)

没年
昭和9(1934)年3月1日

出生地
江戸

経歴
13歳より唐物屋奉公。明治7年から時計店に勤め、時計の修繕販売に従事。14年独立して舶来時計の販売店・服部時計店(のち服部セイコー)を開業、20年銀座4丁目に進出。25年精工舎を設立、時計の製造に着手欧米の技術を学び国産時計製造業の発展につくし、ついには欧米に輸出するまでに至った。“セイコー”はその商標。大正2年国産初の腕時計“ローレル”を完成。6年株式に改組社長就任。昭和2年勅選貴院議員。また赤十字社をはじめ各種社会事業に貢献、5年には私財を投じて(財)服部報公会を設立した。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「服部金太郎」の解説

服部金太郎 はっとり-きんたろう

1860-1934 明治-昭和時代前期の実業家。
万延元年10月9日生まれ。東京日本橋の時計店につとめ,修理技術をまなぶ。明治14年服部時計店(現服部セイコー)を創業。25年時計製造工場の精工舎を新設する。大正6年株式会社に改組,社長となり,時計王といわれた。貴族院議員。昭和9年3月1日死去。75歳。江戸出身。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「服部金太郎」の解説

服部 金太郎 (はっとり きんたろう)

生年月日:1860年10月9日
明治時代;大正時代の実業家。服部時計店社長
1934年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の服部金太郎の言及

【セイコー[株]】より

…時計をはじめ情報機器,宝飾品などの製造・販売で知られるセイコー・グループの中核会社で,世界最大の時計販売会社。1881年服部金太郎(1860‐1934)により時計販売の服部時計店として東京京橋区(現,中央区)に創業された。92年には時計製造工場精工舎をつくり,掛時計の製造を始めた。…

※「服部金太郎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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